親父の携帯から友達のハメ撮りが出てきた
親父の携帯から友達のハメ撮りが出てきた。
「……は?」
もう一度、確認する。
場所はホテルのようだった。ぼんやり淡い色のついた照明の下で白いシーツがくしゃくしゃになっている。その上に黒い毛の犬人が身を横たえ、肛門を肉棒に貫かれて仰け反っていた。黒い腹にべとりと白い液体が散っている。犬人自身の肉棒はだらりと白い液体を垂らしたまま萎れている。舌を口吻からはみ出させて涙を流すその表情はどろどろに蕩けていた。
壁の鏡に相手の姿がぼんやりと映っている。灰色の狼系の男。携帯を右手で構えるその口元は確かに笑っている。
嘘だと思った。合成かとも思った。
でも、その写真に写っているのは、確かに、俺の友達と、父親だった。
そして何よりも俺を傷つけたのは、そう俺は傷ついた、俺を傷つけたのは、二人の手が固く固く繋ぎあわされていること、そのことだった。
親父が風呂に入っている間に携帯を覗き見た罪悪感など吹き飛んでしまった。携帯を元の場所に戻して、俺は帰りにコンビニで買ってきたビール缶をぐっと煽る。生ぬるい液体が喉を滑り落ちていく。味などさっぱり分からないが、手の震えは収まった。
「ウソだろ……」
ソファに倒れこむ。本当だ。分かっている。でも俺の心は親父がホモ、友達がホモ、親父と友達がセックスしてる、その三つに同時に襲われて耐えられるほど強くない。つーか親父死んだ母さんに謝れ。でも俺女だったらこんな反応してないか。わかんないな。でも男はねーよ。おまけに息子の友達はねーよ。つーか親父も親父だがアイツもアイツだ。友達の父親と付き合うなよ。見りゃわかるだろ。名字が一緒なんだからもう確定だろ。疑え。それとも知ってて付き合ってんだろうか。ねーよ。人間失格。まあ、言えないよ? 言えないけどさ普通。でもねーよ。クソ。
「どうした、酔ってるな」
風呂上がりの親父は尻尾をぱたぱた振りながらパンツ一丁で頭を拭いていた。普段は気にもしないその引きしまった腹がなにかひどく、いやらしいような、見てはいけないもののように感じられて、俺は目をそらす。
「そんなに酔ってねーよ。そういえば……親父さ、今付き合ってる人っていんの?」
「ウォッ?」
親父はわかりやすくビビった。
「どうした急にそんなこと。いや、まあ、その、あー、えー……」
「いや、なんとなくさ。母さんが死んでからもう長いし。どうなんかなーと」
「まあ……それなり……だな」
「ふーん」
今度は親父が俺を見られないようで視線が風見鶏よろしくあっちを向いたりこっちを向いたりしている。俺は興味がない風を装ってビール缶をめこりと凹ませた。
「お前はどうなんだ?」
「いねーわ。さっぱり」
「そうか頑張れよ」
「うるせー。寝るわ」
「ん……出会いは……まあ……こう、ちょっとした機会に転がってるもんだからな。逃すなよ」
それ実体験から来た言葉じゃねーだろうな。ぶっとばすぞ。
「そうだ、携帯ありがとうな」
「はっ?」
部屋に引っ込もうとした俺の背中を親父の言葉が打ちぬく。慌てて振り返った俺をパシャリと携帯で撮って、親父は嬉しそうに笑った。
「写真。撮れるようになったよ」
「お、おう……」
俺の手の中でビール缶がひしゃげる。そういえば二週間ほど前に、携帯で写真を撮るにはどうすればいいか、なんて俺に聞いてきたんだった。あのハメ撮りの作成日は先週の日曜日だった。親父テメー何考えてんだぶっとばすぞ。つーかそれ俺の質問で思い出しただろ。ぶっとばすぞ。
「今、暇か?」
「んー、もうちょっとで寝るけど、まあ少しくらいなら」
さっき消した蛍光灯が暗闇の中で淡い光を放っている。アルコールで火照った体に冷えたベッドが心地いい。友達はすぐ電話に出た。
「どうした? なんか用?」
「いや、用は特になんもないんだけど」
「なんだそれ」
「用もなしに電話しちゃいけないかよ」
「まあいいけどさ、でも恋人じゃないんだし」
「ウォッ?」
けらけらと電話越しに笑い声が聞こえてくるが、俺の心臓は痛いくらいに震えていた。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、いいか?」
「お前なんでそんな驚いてんだよ」
「いいだろ。なあ、恋人って、いるか?」
「え……どうしたの、急に。いや、まあ、その、えーっと……」
「いいだろ。教えろよ」
「まあ……それなり……かな」
ぶっとばすぞ。
いやーな沈黙が電波に乗って受信されてくる。きっと今頃耳を伏せてベッドに頭を埋めたりしてるんだろう。長い付き合いだから簡単に想像できてしまう。
「そういえばさ、お前は……どうなんだ?」
「いねーわ。さっぱり」
「そうだな頑張れよ」
「うるせー。寝るわ」
「ん……出会いは……こう、ちょっとした機会に転がってるものだからさ。気をつけろよ」
それ実体験から来た言葉だな。ぶっとばすぞ。
暗闇に身を浸しながら、俺はぼんやりと天井を見上げていた。蛍光灯はもう暗くなっている。
親父と友達がホモセックスしてる。どうしようもない。二人の関係がセフレ程度なのか恋人と言いきっちゃうまでなのか、俺にはわからない。どっちにしろ別れろ。別れてくれ。頼む。俺の人生をいきなりベリーハードにしないでくれ。
「まあ、わかってるけどさ」
天井に向かって手を差し伸べてみる。二人、手、あんなに愛おしそうに繋いでいた。男同士の恋愛なんぞ俺にはさっぱりわからないが、愛情はある、そういうことなんだろう。息子だから友達だからとあの手を引き裂くのは、ひどいことだ。
手を降ろして、俺は強く目をつぶった。寝よう。寝て全て忘れてしまおう。それがいい。俺がこのまま何も知らないふりをしているのが、一番いい。
ただ、親父に携帯のロックの仕方だけは教えようと、そう心に決めた。
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